11. LCO(Low Cost Operation)からLCM(Low Cost Management)へ

LCO( Low Cost Operation )の限界

先日、あるSM( スーパー・マーケット )の店舗を見る機会があった。700坪のSSM(スーパー・スーパー・マーケット)と350坪のSMである。
LCOの典型的な店舗なのだろうが、食品200坪、ノン・フーズ500坪の合計700坪でありながら売上高13億円、レジを含めた8時間換算人員25名、という数字は行き過ぎたLCOを感じさせるものがある。
もちろん立地などにもよるが、通常で考えれば食品の200坪だけで売上13億円、人員25名でもおかしくない数字である。理屈上、500坪のノンフーズには売上も人もほとんどないことになる。
一方、350坪の店舗ではバック・ヤード・スペースをカットしたために青果の作業場がない。 その分、青果は対面の形を取りながら売場で加工している。アイデアとしては面白いかもしれないが、もともと対面が前提の作りにはなっていない。
建物面積に対する売場面積の比率はどんなにバックヤード・スペースをつめても70%というのが一つの目安であるが、この店舗では実に80%にもなると言う。
先日のアメリカ視察で「 アメリカでは、ローコスト経営をお客に押しつけるような店は敬遠され、今では少なくなっている。どの店もローコストだから店内が汚いとか、雑然としているということはなく、ローコストはローコストとして企業が取組むのは当たり前であり、そのことをお客に押し付けて不快な気分でのショッピングを強いることはしないように変わってきている。 」と言う話を聞いてきたばかりである。その分、印象はとても鮮烈であった。
いま、あちこちの店舗でLCOによる弊害を修正するためにさまざまな試みがなされている。 LCOとワンセットで行われていた「 安い商品 」、「 LCOを演出する( ? )雑然とした売場 」からさまざまな点で変えようとしている。
いつの時代でもそうであるが、極端に左右どちらかへ振れると必ず逆へのゆれ戻しがある。 バブルの後の価格破壊など典型的な例であろう。しかし、「 右が駄目だったから今度は左 」というのではあまりにも短絡的過ぎはしないだろうか。
LCOとは誰が言い出して誰が広めたものかは知らないが、少なくとも誤った解釈からさまざまな弊害が表面化した時点で、修正する責任、義務があったはずである。
そもそも、無駄に高コストを目指している企業などあるはずがない。
LCOについては明確な定義もない。結果も考えずにただ、流行り病のように人を減らし、経費を押さえてきたという様にしか思えない。
高効率を追求したつもりだったのかもしれないが、「思想」「結果に対する予測」「技術」「方法」 どれをとってもあまりにも稚拙であったのではないだろうか。LCOの限界である。

Low Cost を考える

乾いた雑巾を絞るといわれたメーカーが苦しい時に何をやってきたかを整理すると次のようになる。

1. 戦略的には生産基地を海外へ移転することで低い製造コスト、為替差損のヘッジ、貿易摩擦の解消などを行っている ( 小売業では海外商品の導入に相当する )
2. 別には以下の4つのレベルでコストについて取組んでいる
Cost Down⇒Cost Management

①機械・設備

自動設備、ロボットの導入(量産品)
→量産品は初期の設備投資により、ランニングコストを押さえる(小売業では…?)

一品流し、一人一品生産(少量生産)
→少量生産は極力設備投資を押さえ、人の技術によって生産効率を高める
(小売業にはこういう発想はない)

②製品設計

「機能;製品としての存在理由( 例えばシャープペンなら字がかける、電話なら双方が通話できる )」の維持を前提とした材料・部品、製造工程、 製造方法などの改善による製造コストの低減
→設計段階で、シミュレーションにより事前に製造コストを押さえる
(デザイン・レビュー;例...複雑な加工を要する部品形状や複雑な加工手順を要する製品を設計段階でチェックし、修正する。不要な機能、過剰な品質を設計段階で排除してコストを適正化する…etc.)
(小売業にはこういう発想はない)

③製造技術、製造工程

製品を製造するための製造技術改善による不良品の低減、歩留の向上。あるいは、製造工程改善による製造期間の短縮、及び仕掛り在庫の低減。
→製品を作る過程のコストを下げる(小売業にこういう発想はない)

④作業工程、作業動作

製造に直接かかる作業時間=労務費の低減
作業精度のアップによる不良発生の低減
→製品を作る過程のコストを下げる

要するに、メーカーが取組んできたコスト・ダウン、コスト・マネジメントは戦略レベルから始まりオペレーション・レベルに至るまで経営のあらゆる段階でコストについて科学的、体系的に取組んでいると言える。
一方、小売業の場合はどうであろうか。あるSM店舗でこのような光景を見たことがある。
閉店前の鮮魚売場でアルバイトが刺身の盛合わせに値引きシールを貼っている。
3980円、2980円、1980円は半額、1480円、1280円は500円引きという具合である。
全部に貼り終わるとバック・ヤードへ戻って行く。どこでも見かけるごく当たり前の光景である。
しかし、良く考えてみればこれはおかしい。ローコストだから人はいない。いてもアルバイトがいるぐらいである。アルバイトは言われたままに値引きシールを貼り、残りの仕事をしにバック・ヤードへ戻って行く。値引きをした後での「売り込み」は指示がないからしない。
その時の値引き金額は2-3万円である。もし、このうちの1万円を人件費として使ったら時給1,000円の人を10人時も使うことができる。
この10人時を使って大きな盛合わせを小分けすれば値引き幅は小さくなり、単価が下がるぶん売り込みもしやすくなる。残りの値引きなどしなくても充分売り切ることができるかもしれない。
また、この10人時を使って接客、売り込みを強化すれば刺身の盛合わせだけでなく、他の商品の売上まで上げることができるかもしれない。
この鮮魚売場の出来事をメーカーに置き換えて考えると、人件費を下げるためにベテランを排除し、さらに人を減らして、結局不良品をたくさん出してしまった、というようなものだろう。
ローコストといっている割にはあまりにもチグハグである。
このように「ローコスト」をメーカーと比べながら考えていくと、とても重要なことがある。
メーカーがローコストを考える時、どんな手法を使おうが絶対に守っていることは製品としての成立条件=「機能」「品質」が絶対条件としてあることである。
どうしてもコストが受け入れられない時に「 トレイド・オフ(いろいろな要素をハカリにかけ、許容原価の範囲内で製品としてのバランスを考え、どの要素を削るのか、妥協点を見出す;小売業は、コストを削ってもトレード・オフをしているとは思えない) 」という手法を用いる。
しかし、その対象は2次的要素であって基本的な機能、品質までなくすことは絶対にしない。
シャープペンのコストをどんなに削っても鉛筆にはしないし、テレビのコストをどんなに削ってもラジオにはしない。 それでは小売業としての成立条件=「機能」「品質」とはいったい何なのだろうか。
実は人件費を減らすことの計算はしても、最も大切なこのような部分の議論が曖昧なままという状況が小売業にはある。
実際にローコストにこだわるあまり、小売業としての成立条件までなくしてしまっている店舗が多いのではないだろうか。お客は正直に評価しているはずである。
お客が安心して、しかも楽しく、便利に買い物ができる空間、品揃え、接客、提案、サービスなどの提供が小売業本来の「機能」であり、それらを具体的にどのような方法・レベルで実現するかというのが「品質」である。
機能が欠落していたり、品質上欠陥があるような商品であれば誰も買わないのと同じように、機能が欠落し、品質上欠陥のある店舗では誰も買い物をしたいとは思わない。
達成レベルを前提として、いかにローコストを実現するのか、これがローコストを目指す際の 絶対的な条件である。

LCO( Low Cost Operation )から LCM( Low Cost Management )へ

そもそもLCOという表面的なローコストには無理があったのではないだろうか。
本来、コスト低減はメーカーのそれのように経営のあらゆる段階で科学的方法を用いて体系的、かつ継続的に行われるべきものであり、経営そのものといっても良い。
したがって、売場の人員を減らし、パート比率を多少上げたからといって、すぐにどうこうなるという発想ではあまりにも短絡的すぎる。
そもそも一朝一夕にできるはずのないものをアンチョコにやろうとすること自体に無理がある。
だから多くの犠牲が出る。経営の体質を変えることなく、小手先のLCOをやってきたツケは大きい。
一度、減らした人員を頭数だけ戻すのは簡単である。しかし、本来行うべき業務、および業務に必要な達成レベルへ全てを戻すことはなかなか難しい。
困難な理由は2つある。
一つは会社が行ってきたことを見てきた社員の「モラール」「気持ち」の問題である。
経営が迷っていることに対して社員は実に敏感であり、冷静である。
今までLOCといって人を減らしてきたことに対し、社員はとてもさめきっている。諦めてもいる。
そういう彼らに対し、全く違う方向性を出してもすぐには信用しない。信用できない。
したがって、形だけは対応しても本気になって取組もうとはしない。あるいは取組めない。
ある大手企業の研修の最終日に受講生20人ぐらいでモデル店舗のクリニックを行い、その後、実際に皆と一緒に売場を直したことがある。
その時の皆の感想は一様に「 こんな売場、品揃えでやっているのだからひどいものだ 」「 どう考えても売れるわけがない 」というものである。
ふだん何気なく見ている売場も実際に手を入れてみれば、個々の商品の欠陥、品揃えのバランスの悪さ、色偏り、サイズ偏り、欠品など実情が良く分かる。
本来であれば日常的に売場に手を入れることでチェック、修正が出来ていなければならないことも、人手が足りないから表面的にどうにか見られるレベルでごまかしておくだけで済ませてしまう。現場を担うべきポジションにいるメンバー達から冷めた言葉が聞かれることは悲しむべきことである。
売上が悪いから経費を減らすのは分かるが、逆に経費を減らして売上を悪くするのでは話にならない。売場を見れば一目瞭然である。これがLCOの実態である。
それでは各自が自店へ帰ってから同じように売場を直せるかというと「 無理 」だと言う。
今回は自分と同等以上の力を持った人達が20人も集まっているからできたが、自店へ帰れば自分一人である。「売場がおかしい」と分かっていても一人ではどうしようもないし、それ以前に雑用に追われて売場をじっくり見ることなどできない。初めから諦めている。このようなミーティングを各店持ち回りで行い、売場を直していけば良いと言ってはみたがどうであろうか。
これが一番難しい問題である。

2つめは仕組の問題である。
LCOにこだわるあまり、要求レベルも実際の達成レベルも最低の所まで下がっている。
組織の中の仕組も、評価基準もその最低のものに合ってしまっているのが実情だろう。
要求レベルが低く、精度の荒いものになってしまった業務をどうにかするには、仕組を作り直すしかない。思想が違えば、価値観、必要となる仕組、要求レベルなど全てが違ってくるのは当然である。したがって、メーカーのように経営として「ローコストの体系的な仕組=マネジメント・システム 」の構築が必要となってくる。 ポイントは5つである。

1. 小売業本来の目的である「売上」「利益」を最優先し、経費削減( 手段 )を目的としない
2. 最大のコスト=利益の源泉である商品原価( およびロス )に対する取組みを強化する
3. 経費率ではなく投資に対する成果=投資回収という評価尺度を基準に置く
4. 経営のあらゆる段階での高レベル、高精度の業務を実現する
5. 経営のあらゆる段階で科学的な方法を体系的に用いる

ローコスト、ローコストと言っていても例を挙げればきりがないほどの無駄、矛盾を抱えているのが実情である。それほど経営のさまざまな段階で多くのモレがある。
本当の意味でのコスト・ダウン、コスト・マネジメントを考えるのであれば、まず先ほどの鮮魚売場のような例を確実になくしていかなければならない。
コスト・ダウン、コスト・マネジメントに対する勘違いを修正し、売場で起こっているおかしなことを確実に一つ一つなくしていく必要がある。
まずは、メーカーのようなローコスト経営的視点をもち、経営全体を棚卸しすることがLCMへの第一歩になるはずである。

(1998年3月)※2006 年9月改訂