8. 教え方エンジニアリング ―教え方を科学する―

企業の中で「教える」という場面は実に多い。しかし、「教え方」については余り議論になることはない。
ここでは、「教えること」「教え方」について整理してみる。

基本的なスタンス・考え方

人にはそれぞれ得手不得手があり、全てを完全にこなすことは難しい。そうであれば、その人その人の特性に応じて「特徴になるもの」を身につけさせた方が効果的である。
何か一つの特徴がその人を活かし、そのことが更に自信となって次のステップにつながることは多い。
上手い方向で進めばこれまでとは全く異なる意外な側面を引き出すことも可能になる。
私は「人を活かすこと」が教える上での基本であると考えている。

クエスチョニングへの修正

企業教育は学校教育とは明らかに異なる。いちいち細かなことまで教えていてはきりがない。 したがって、単なる知識は自己啓発に任せることが望ましい。
ところが、実際に任せてみると勉強の仕方を知らないケースが実に多い。
自分の置かれている環境を認識し、そこで必要となる能力・知識・技術などさまざまな課題を自分で見極め、探し出し、自分でプログラムを設定し、自分で勉強していく。
このことがとても難しい。興味を示しさえすればどうにかなりそうであるがその先の工夫の仕方が分からないケースが多い。 そもそも我々日本人は出された質問、問いに対し応えていくという受動的なやり方に慣れている。受験重視の学校教育の間に「与えられた設問に対して答える」習慣を身につけてしまっているようだ。
未知・未経験の物事に対処する場合、どのようにとらえ、どう対応すればよいのかという具体的な設問はない。したがって、自分で「どのような問題・課題があるのかという仮説を立て」、「具体的に対処できるよう設問を設定する」という手続きが必要になる。
これがクエスチョニングである。
企業教育の中では、学校教育における知識偏重型の教育とは異なり、物事に取組む際の態度・思考方法として「クエスチョニング」のような課題形成・実践対応型の教育・訓練が重要である。
要するに自分で情報を収集し、認識し、仮説を立て、課題を設定し、対処方法に関する工夫をし、実践することで検証し次のステップにつなげていく、という一連の流れを自己完結できることが要求される。

教育と訓練

企業教育の場合、漠然とした「教育:education」というよりは「訓練:training」という意味合いが強い。
広辞苑によると教育とは、「教え育てること。人を教えて知能をつけること。人間に他から意図をもって働きかけ、望ましい姿に変化させ、価値を実現する活動。」であり、全体的、総合的な意味合いが強い。
思考方法やものの見方・考え方、思想、道徳的な視点など具体的な知識、技術・技能というよりも更に広く、人格全般にわたるような意味が多分に含まれている。
一方、訓練とは、「実際に或る事を行って習熟させること。一定の目標に到達させるための実践的教育活動。訓育・徳育と同義にも用い、また技術的・身体的な場合にも用いる。
動物に或る学習を行わせるための組織的な手続き。褒賞または罰を用いるのが普通。」というように極めて部分的であり、具体的である。
特定の技術・技能を対象とし、比較的短期での習得を目的とすることが多い。
ただし、教育と訓練は決して別々の物ではなく、教育の部分的な方法として訓練を位置づけることができる。
そこで教えることの裏側にある「習う」という側面から「教える」ということを整理してみる。
幾つかを挙げてみると

・学ぶことに関する概要=目的・重要性・前提条件・方法などの知識が与えられている。
・すでに持っている知識・経験を前提として教わることの内容・レベルが自分に適している。
・所要期間・達成レベルなどの目標が明確になっている。
・教える人を受け入れられる・教える人に共感できる。
・教え方が科学的、かつ合理的=リーズナブルであり、分かりやすい。

一方、単なる技術・技能の訓練から更に一歩進めて「考え方」「思考方法」のトレーニングと言うことになると更に教える側に次のようなことが要求される。

・考え方・思考方法の基本、原理原則が明確であり、整理されている。
・考え方・思考方法の基本、原理原則を基にして具体的展開・適用という応用ができる。

という2点である。

習う側の状況・条件/教える側の条件

教え方に上手い、下手があるのと同様に習う側の状況・条件の適否も成果には大きく関係する。教え方が習う側の状況・条件に適さなければ、どのような方法を用いて教えても効果を上げることは難しい。
学生時代、中学生の家庭教師をしたことがある。
はじめに相手の状況を知るために教科毎に課題を出し、やらせてみた。
数学では計算が得意ではない。簡単な問題を解くのにも電卓を使いたがる。
確認のために九九を言わせてみると満足に言えない。
国語では、教科書の読みと漢字の書き取りを試してみたが漢字が読めない、書けない。
英語では、発音が分からない。書かせればスペルが分からない、熟語が分からない。
要するに勉強の仕方が分かっていない。自分の勉強のスタイルを身につけていない。
「勉強の仕方」=「頭の中に知識を秩序正しく体系づけ、関連付けて整理していく方法」が分かっていないから「勉強をする」といっても何をすれば良いかが分からない。
これでは、いくら時間をかけて知識を押し込もうとしても効果は上がらない。問題集をやらせてみても同じである。
「教え方」と「習う側の状況・条件」がマッチしていれば確実に効果は上がる。しかし、そうでなければどのような努力をしても効果を期待することは難しい。
教える側に要求される条件は、習う側の状況を見極め、適切な方法で対処できることである。
常にワンパターンでしか対処できないのでは、さまざまな状況を持つであろう相手に対して適切に対応することは難しい。
企業内であれば少なくとも習う側の条件・状況に応じて幾つかのパターンに層別し、条件を揃えたグループを作ることが望ましい。よく企業研修では、コストを考えて一定以上の人数を一挙に研修しようとすることがある。
しかし、歩留まり、研修の効率・効果を考えればマイナスとなることの方が多い。
それぞれの状況を考慮した対応が望まれる。

教え方の基本/教え方のパターン

良い教え方とはどのような教え方なのであろうか。
古くから言われている「教え方」に次のようなものがある。
日本では「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば人は動かず」という言葉がある。
アメリカのOJT( On the Job Training )の手順書でも同じような要素が説明されている。

<前準備>
リラックスさせる。
これからやることがどのようなことで、何故必要なのか、という概要・目的・意味・重要性などを理解させる。
全体的なスケジュールと期待される達成レベルを理解させる。

<実施>
ゆっくりと説明しながら実際にやって見せる。
本人に実際にやらせてみる。
もしも間違いがあれば、どこがどのように違っているのか具体的に指摘し、なおかつ、どのように修正すれば良いのかを明らかにする。
良ければ、誉めて次の目標を与える。

<目標設定>
慣れてきたら何ステップか先までの目標を与え、自分で目標の配分を決めさせる。
さらに慣れてきたら自分で目標を決めさせ、やり方についてもさらに良い方法を工夫させたり、提案させるようにする。

これらのことを整理すると次の3点に集約される。

やることの概要・目的・重要性など大枠の知識を与え、これからやることに対する全体的なイメージづくりと動機づけを行う。
やることに関する具体的、かつ分かりやすい=特に実際にやって見せる、あるいはビジュアルな説明を行うと共に実際にやらせてみて確認・修正を行う。
「目標を明確にすること」と「誉めること」で向上することに対する動機づけを行う。

ただし、これらは基本的に「具体的な作業」が対象になっているものであり、複雑な判断業務や創造的な要素のある業務では必ずしもこの通りではない。
例えば、複雑な技術を要するもの・複雑な論理の理解を要するものでは、一つ一つ順序を追って起承転結で説明していくことが必ずしも分かり易いことにはならない。
頭で理解させるよりは、実際にやらせてみたり、結論から入って、逆に原理へ遡ってく方が理解しやすい場合もある。原理や理論が複雑になればなるほど先に頭で理解させようとすると難しく、興味をそいでしまう場合が多い。そのような場合には具体的に体験させたり、結論から入るようにして感覚的に理解できるような組立てにした方が受け入れやすい。
価値観、思考方法などのトレーニングの場合、最後まで結論を言わずに質問を繰り返すことで相手に考えさせる方法が特に有効である。
「教育」・「教える」というとなぜか知識などを与えなければいけないと思いがちである。
しかし、このようなケースでは全てを「与える」のではなく、質問やヒントを与えて自分で考えさせていくようにする。
質問を繰り返すことで相手の思考・論理の組立て方を知ることができる。
質問により思考・論理の組立てを誘導したり、結論に導くこともできる。
このことは単に結論や結果だけの知識を与えたり、指示を出すことと比べて相手の思考方法・論理の組立て方の癖などを知ることができ、また思考を途中のプロセスで修正することも可能となる、という利点がある。
更に習う側にも自分一人である程度できたという意識があり、やり遂げたという達成感が自信につながるので教育効果が高いものとなる。
教える側にとってもこのような「教え方」は相手の状況に応じて対応方法・質問の出し方などを変える必要があり、自分を高める上で有効な方法となる。

教えるための設計図―プログラム

上手く教えるためには、その手順の設計図とも言えるプログラムが重要になる。
大学の授業でも企業の研修でもキチンとしかも効率よく理解させようとすれば、何度も実験し、検証したプログラムが重要な意味を持つことになる。
例えば「相乗積」というものがある。式で説明すると相乗積=荒利率×売上構成比である。
しかし、このような式でいくら説明しても分かりにくい。従来であればこの式を暗記させた上でテストをしていた
。 図表-1は相乗積を説明するために作成した計算表である。

 

この段階では、計算の仕方を知ることはできるが意味までを理解することは難しい。

図表-2は、商品Aについて式を展開し、相乗積の式の意味を導き出したものである。

 

相乗積とは、売上高合計に対する各商品の稼ぎ出した荒利高の割合を求めている、ということの説明である。

図表-3は、更に具体的な数字を入れ、なおかつ相乗積計算で求めている内容について図解したものである。

 

売上高合計を1,000万円とすると商品A,B,Cの売上高がそれぞれ300万円、300万円、400万円となり、さらにそれぞれの荒利高は120万円、90万円、40万円となる。この荒利高が1,000万円に対してそれぞれ12%、9%、4%になる、という説明である。

一番始めの式だけの場合、計算図表で説明した場合(図表-1)、式を展開して相乗積の意味を説明した場合(図表-2)、そして事例と図表により具体的な式の意味を説明した場合(図表-3)を比べてみれば一目瞭然である。
私は、図表-1から3を用い、なおかつ売上構成比を変更して全体の荒利率を上げるケースを一緒に説明するようにしている。 しかも説明する手順は、具体的な数値を入れて相乗積を用いると全体の荒利率を変えることができる、ということからスタートし、式の意味、相乗積の意味は後で説明するようにしている。
いろいろと図表などの道具を使い、説明の順番を変えてみた結果、行き着いたのがこの方法である。
常に教えることには工夫がある。しかし、単に工夫の積み重ねではなく、繰り返す内にいくつかのパターンがあることに気がつく。これらを整理して普遍性のあるパターンにまとめ上げれば、まさに教え方エンジニアリングということになるであろう。

まとめ

業務が複雑になればなるほど企業の中で「教える」という場面は増え続けることが予想される。
既に徒弟制度の時代ではなく、自分で勝手に盗めという時代でもない。
そうであれば、「教える」ということに関して科学的な方法を導入し、個々の人の持てる能力を十分に引き出すことは重要な課題となるだろう。
「教え方エンジニアリング-教え方を科学する-」というものを確立することが重要な課題となるだろう。

(1997年12月)