9. 流通業の組織と決裁手順を知る

1. はじめに
2. 本部組織上の問題点
3. 本部と店舗の関係での問題点
4. バイヤーの日常業務にかかわる「決裁」
5. オーナー企業の「決裁」問題
6. まとめ

1. はじめに

今回のセミナーは、ちょっと変わったテーマで小売企業の実態を学びます。
日々、小売企業のバイヤーを相手に営業活動をしているベンダー・メーカーの営業マン諸氏は、こんな経験をしているでしょう。
商談で十分検討し、バイヤーがOKを出した事案が、その後なかなか実行されない。
「企画提案書」を提出しても、何も返事をもらえず、催促しても明確な回答がない。
こんな場面が日常的に頻発し、イライラしている事と思われます。

結論が出にくいのは、小売企業に限らず、国会から始まり、お役所、民間企業、家庭に至るまで、日本人の特質の様です。
しかし、小売企業は、特に結論、決裁が遅れる体質があります。今回はその理由を探りながら、小売企業の組織運営の特質を学びます。

相手先企業が結論を出すまで辛抱強く待つだけでなく、相手に結論を出させる様に、決済が下りる様に働きかけるのが、”強い営業マン”なのです。

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2. 本部組織上の問題点

小売企業で、結論、決裁が出にくい理由の第一は、本部組織の構造にあります。
小売企業の組織、及び本部組織については、このセミナーで何度も触れてきましたが、改めて整理しながら、「決裁手順」の問題を解説します。

1. 営業本部と管理本部

小売企業の本部組織は、「営業」と「管理」の2部所に分かれます。
営業マンが日ごろ接する商品部は、組織上は『営業本部』に属します。
小売企業は”売る”事が経営の基幹です。したがって「営業本部」が”主”であり、「管理本部」は営業を支える、脇役、裏方、であると考えられます。
しかし、実態は必ずしもそうではないのです。営業と管理の”力関係”は微妙なのです。
したがって、営業本部と管理本部の関係を的確に知る事。それが、その企業の決裁手順、物事の決まり方を知る第一歩となるのです。
両部の関係を把握するには、次の様なアプローチが必要です。

1)その企業の社風を知る
企業には社風、企業文化、と言われるものがあります。先ず、第一はそれを知る事です。伝統的に営業が強い企業、管理の発言力が強い企業があります。

2)トップの性格を知る
いくらその企業に社風、企業文化があろうと、その時その時の企業の体質は”時のトップ”の考え、性格が強く反映します。したがって、トップの考え方、性格を知る事が重要になるのです。

3)役員構成、及び役員の経歴
各部に在籍する役員の数を知る事が大切です。数だけ多くても、あまり意味ないのですが、構成を見ればその企業の姿勢が理解できます。
又、各役員の経歴を知り、個々の役員の人間像を把握する事も重要です

4)役員相互の力関係
ここが一番重要です。役員会の議決は”数の論理”だけで決まるものではありません。
役員会を取り仕切っているのは誰か、役員相互の力関係はどうか、これを知る事がポイントです。

2. 商品部と店舗運営部

『営業本部』は「商品部」と「店舗運営部」に分かれています。
小売企業の決裁を考える時、営業本部が2つに”分かれている”と言う事が問題になります。
組織上は完全に分かれているのですが、実務の現場では、両部は車の両輪です。切っても切れない関係です。表裏一体です。
時には商品部が表になり、時には店舗運営部が表になり、両部は常に一体でないと、「店」は動かないのです。
しかし、現実には、両部は表裏一体になっていません。
小売企業の経営活動は「店舗」に具現化されます。
「店舗」は、『器』としての建物、売場と、『料理』である商品と、『サービス』を担当するウェイター・ウェイトレス、つまり売場係員で構成されます。
この全てが揃わないと、”ステキなお店”にはなりません。
ところで、器、料理、サービス、この三者は本部組織ではどこが担当するのでしょう。単純に考えれば、器は「開発部」、料理は「商品部」、サービスは「店舗運営部」と言う事になります。
しかし、実際にはそんなに簡単に割り切れないのです。その事は、今までのセミナーで何回も話してきました。改めて商品部と店舗運営部の役割分担を整理します。

1)品揃え方針
どこの企業にも品揃え方針、商品政策、があります。商品の事だから、これを策定するのは商品部の役割、とは断定できないのです。商品部と店舗運営部との力関係によって、政策決定までの手順が大きく異なります。

● 商品部>店舗運営部
この場合、商品部が作成した原案を店舗運営部が”形式上”検討する、という事になります。したがって、商品部は自分たちの考えを一方的に説明し、”これでいいですネ”と念を押して、決定してしまいます。

● 商品部<店舗運営部
このケースでは、品揃え方針はなかなか決定しません。商品部が作成した原案に対し、店舗運営部は、様々な異論を唱えます。会議を何度開いても、結論は出ません。
もっとも、店舗運営部長が商品部出身であったり、商品に強い場合は事情が変わります。店舗運営部長側から、商品部に対し「こうするべきだ!」と明確に”注文”を突きつける事ができるからです。

● 商品部=店舗運営部
この場合、絶望的です。結論は出ません。しかし、結論を出さない訳にはいきません。そこでどうするか。
両論併記、いわゆる”玉虫色”の内容となってしまいます。 議論が伯仲する、と言えば聞こえは良いのですが、内容はまったく”クダラナイ”ものです。どちらも、自分の面子をかけた主張をくり返すだけで、議論を深め、結論を導き出す、という姿勢はほとんどありません。
しかし、このタイプの企業がすべてダメという訳ではありません。
両部ともに自己主張が強く、結論が出ない場合でも、両部の”行司役”として、営業本部長、社長が機能する企業では、両部の主張を上手にまとめ上げる事ができます。

2)売価政策
売価の決定権が誰にあるのか。
これは実に複雑な問題です。なぜか。
多くの企業では、この件に関し明確なルールが無いからです。
ほとんどの企業は、ケースbyケースで売価政策を決めています。
小売企業の売価政策を把握するための”切り口”を解説します。

● 値入・粗利率
どこの企業でも、値入率、粗利率の目安、目標値は決まっています。
数値は、全体から詳細へと段階的に決められます。どこの段階まで目標値を設けるかは業態によっても、企業によっても異なります。
数値の段階は次の通りです。

1. 会社全体
2. 店舗別
 2-1. 店舗全体
 2-2. 店舗-部門別
 2-3. 店舗-部門別-カテゴリー別
3. 部門別
 3-1. 部門全体
 3-2. 部門-カテゴリー別
 3-3. 部門-店別
 3-4. 部門-店別-カテゴリー別

さらに主要な商品については、品目-単品別の目標数値を設定している企業もあります。

● 商品の種類別の売価政策
この場合の商品の種類とは、次の通りです。

・定番
・季節定番
・企画・催事
・企画特売(月間、店長、タイム等)
・チラシ

それでは種類別に、売価政策の決まり方を解説していきます。

「定番」の売価政策は、先に説明した値入・粗利政策でほぼ自動的に決定されます。 したがって、定番の売価決定はバイヤーに権限が委ねられている企業が多い様です。
しかし、実際には、値入・粗利は原価と売価の関係で決まる訳で、原価が変動する以上、「率」だけを基準に、売価を自動的に決定できるものではありません。

「季節定番」の売価は、集客の目玉となる商品だけに、店舗運営部、店舗から多くの意見が出されます。導入時の売価はもちろん、導入後の「売変」にも積極的な意見が寄せられます。

「企画・催事」の売価は、店舗の意見が強くなる傾向があります。企画・催事の場合当然ながら、商品内容が年々変化します。したがって、バイヤーにも適正売価が読みきれない、という事情があります。
スタート時は仮の売価を設定しておくので、売上状況に応じ、店舗で判断して売価を修正して欲しい、と言うのがバイヤーの本音です。

「企画特売」、「チラシ」の売価は、”安さ”訴求の核になるので、店舗側の要望、意見が特に強く出されます。
本来なら、定番売価こそ最も真剣に検討しなければならないのに、目立つ商品だけに目が行ってしまうのが、”現場”の悪いクセです。

「特売」、「チラシ」の売価は、商品選定の段階でバイヤーが計画売価を決めます。
「月間お買得商品企画リスト」の様な商品リストが各部に回覧され、チェックされます。
その後、営業会議(または店長会議)に諮られます。
この時、店長から、様々な意見が出されます。チラシ売価は、売上に直結するだけに、店長も真剣になります。本部、店長、双方から、たくさんの意見が出され、当初売価は大巾に修正される場合がほとんどです。

3)ベンダー・メーカー選定
これは商品部の専権事案、と考えてよいでしょう。
ただし、店舗運営部長がベンダー・メーカー事情に精通している場合には、”ひと言”出る場合があります。
それでも、よほどの事がない限り、商品部の方針をくつがえすまでの反対はしないでしょう。
商品部の出したベンダー・メーカー方針に、店舗運営部及び店長が反対するのは、手続き上の不満がある場合です。
つまり、「事前に何も聞かされていなかった。商品部は独断専行が多い!」という不快感の表明です。
つまり、”根回し”さえしておけば、商品部の決定はそのまま承認されるという事です。
商品部内での決裁手順の事情については、セミナー第8回で解説しています。読み返して下さい。

4)ある店舗での商品の取扱い
店舗毎の定番及び季節定番、企画・催事の取扱い、の決裁手順については、曖昧な企業が多い様です。
先ず一般的な、決裁手順を説明します。

1. バイヤーが店毎の採・否を決め、課長、商品部長の決裁を受ける。
2.「新規商品リスト」の様なリストを店舗運営部に廻す。(しかし、この時点では店舗運営部はチェックしない、できない場合がほとんどです
3. バイヤーから全店に「新規商品リスト」が送付される(最近はメールです)。
4. 各店から、「新規商品リスト」に対する意見、要望がバイヤーに寄せられ、個々の店毎にバイヤーが対応する。

これが一般的な手順です。
商品の取扱いに関する決裁で問題になるのは、次の2点です

・バイヤーと店舗との関係
・店舗側の内部事情(店長-主任-担当)

第1の問題。バイヤーの力が強く、店舗に対し決定的なイニシアティブを握っている場合は、商品取扱いの決裁権は完全にバイヤーです。
反対に、店舗側が強い場合は、”綱引き状態”になります。組織上は、バイヤーの方が強いので、店舗側も簡単には自分の主張を通せないのです。

第2の問題、は複雑になる場合が多い様です。三者の意見がすんなり一致することはまれです。必ず意見が対立します。そうなると、バイヤーも巻き込んで、議論が繰り返されるものの、なかなか結論が出ません。
店毎の商品の取扱いについては、本来は、本部側で商品部と店舗運営部が十分協議し、決裁するべきなのです。
本部側で決裁せず、店舗にゲタをあずけるから混乱するのです。

商品部と販促部の決裁関係で最も頻度の高いのは、「チラシ」に関わる事項です。 「チラシ」についてはセミナー第5回で詳しく解説しています。読み返してください。 ここでは、POPの件を解説します。

ここで、改めて「決裁」の問題とは何か、考えてみます。
「決裁」とは、その事案の結果、効果に対し「責任」を持つ、と言う事です。と同時にその事案に関する「予算」(費用)について「責任」を持つと言う事でもあります。
つまり、結果責任と予算責任が負えない者には「決裁」はできない、と言う事です。
POPについては、結果(効果)責任が曖昧です。だから、これ幸いと誰もが簡単にPOPの作成を依頼してしまうのです。
POPの場合、予算もハッキリしていません。
結果責任と予算責任が不明確だからこそ、POPには決裁手順が無いのです。
バイヤーでも、売場担当者でも、気づいた者が勝手にバラバラにPOPを申請しているのです。
製作する側の販促部はどう対応するのか。決裁のルールが無いのに、膨大な数の申請にどう優先順位をつけているのか。
“声の大きい者が勝ち”これで決まりです。バイヤー、売場担当者の中で、発言力の大きい者の申請が優先されてしまいます。
部門毎、店舗毎に製作した枚数をカウントしておき、その数を集計し、経費計上する。この様にPOP費用をキチンと管理している企業はほとんどありません。だから、決裁がいいかげんになるのです。

4. 商品部と開発部

商品部と開発部が関わる仕事はあまり多くはありません。時々発生するのは、什器及び内装工事の一部に関する事案です。
新店や改装の時、什器を開発部、商品部どちらが担当するかによって、決裁手順の問題が発生します。
商品部が什器及び売り場に関わる内装(柱回りの処理、什器を使った壁面処理など)を一括管理する場合は問題ありません。企画と予算責任が一致するからです。
しかし、企業によっては什器、内装の予算管理と施工管理を開発部が行い、什器の仕様(内容)は商品部、バイヤーが決める、という分業方式をとっています。
この場合、各バイヤーは自分の部門の事だけを考えて仕様を決めるので、店全体の事は考えていません。
開発部は、各バイヤーから出された仕様をまとめ、メーカー、業者から見積りを取ります。
見積り額が、予め決められた什器・内装予算の範囲内なら問題ありません。
しかし、ほとんどの事例では、予算をオーバーします。
そうなると、予算に合わせるため、バイヤーに仕様の変更を求めます。そこで、両者が対立し、決裁が下りなくなるのです。
商品部は什器、内装の予算を持っていません。開発部は仕様に責任を持ちません。
したがって、什器・内装を開発部と商品部が分担する場合、なかなか決裁が下りないのです。
商品部の改装計画案が決まったのに、なかなか実施されない、と言うケースがよくあります。そんな時は、什器、内装の工事内容、費用の件で商品部と開発部が対立している事が多いのです。

5. 商品部とシステム部

小売企業のシステムは大きく4つに分類できます。

・会計系システム
・商品マスター系システム
・店舗運営系システム
・実績管理系システム

このうち、商品部とシステム部が関わるのは、商品マスター系システムと実績管理系システムです。
システム部との決裁手順の問題を、開発時とルーチン時に分けて解説します。

● 新システム開発時の問題
システム業務では、プログラムが完成した後は、ルーチン業務をスケジュール通り運用するだけです。
運用はほとんどの場合、システム部が担当し、商品部が関わることはありません。
商品部とシステム部の間で決裁手順が問題になるのは、新しいシステムを設計する時です。
新しいシステムの導入目的と効果の設定、システム仕様、これをどちらが起案し、どう決裁するのか、そこが問題になるのです。

新しいシステムを完成させるまでには、多大な、費用と手間が必要です。
その事がわかっているから、システム部、商品部、もちろん店舗運営部も、どこの部も起案責任を避けるのです。もちろん最終決裁も行いたくないのです。
しかし、システム部は、毎年新規システムを導入しないと、部の存在意義を問われてしまいます。だから、新しいシステムを企画しなければなりません。
しかし、自分達から先に口に出したのでは、結果(効果)責任を負う事になります。
そこで商品部なり、店舗運営部に働きかけて、「商品部より○○システムの導入依頼があったので、システム部で検討し、新年度予算に計上しました」と言いたいのです。
ところが、この時点では、仕様はほとんど決まっていません。
システム部にしてみれば、仕様は決まっていなくてもいいのです。「○○システムを商品部の要請で導入する」。
その事さえ決まればそれで良いのです。予算さえ取れれば、それで一件落着です。
システム部、商品部の間で、仕様の打合せは、一応行なわれます。システム部が原案を作成し、商品部に打診します。しかし、どちらも決裁しません。
仕様の検討に、先立ってシステム設計の「要件定義」が、商品部バイヤーを集めて行なわれます。 しかし、ここで説明されるのは、専門的なシステムフロー案で、バイヤーにはまったく理解できません。それなのに、「商品部の意見はどうですか?」と質問される。バイヤーは何も分からないから、意見の出しようがない。
そこで「特にありません。システム部におまかせします」となります。
この時点で、商品部は自分達が決裁したとは思っていない。よく分からないから、システム部にまかせた、と言っただけなのです。
システム部の人達には、自分達(バイヤー)がやりたい事、求めている事は分かっているはずだから、後は彼らにまかせればよいのだ、と思い込んでしまうのです。
一方、システム部は、当方が出した(と言っても実際はソフト製作メーカーのSEが全部まとめているのだが)要件定義が承認された、と判断します。
商品部側が内容を理解した上で承認したかどうか、そんな事はどうでもよい。とにかく、商品部の承認を得た、と言う形にして、後は一方的に開発を進めてしまうのです。

この様に、決裁が曖昧なまま開発されたシステムに不具合が発生すると、どうなるか。 誰も責任を取りません。
かくして、まったく使えないシステムが、パソコンのデスクトップに登場してしまうのです。

● ルーチン業務での問題
システムのルーチン業務で「決裁」が問題になるのは、実績数値の「確定」です。 特に「仕入」に関係する数値は、商品部が深く関わる事になります。
現在では、ほとんどの小売企業がEOS発注です。発注だけでなく、返品、店間移動にもシステムが活用され、本部バイヤーが関知しない所で、店舗とベンダー・メーカーの間でデータがやりとりされます。
その結果は、日報、週報、月報、として本部バイヤーに回覧されます。
そこで、この数値の決裁が問題になるのです。システム部は単にデータを処理しているだけなので、決裁はしません。
店舗は、自分達はデータを入力しているだけで、集計数値の事はわからない、と責任を回避します。
本部バイヤーは、店舗が勝手に入力し、システム部がデータを処理している、自分達とは関係無い所で作られた数値にハンコを押せ、と言われても、そんな事できない、と決裁を拒否します。 この様に実績数値の確定は非常にやっかいな問題です。
しかし、数値の確定を放っておくと大変な事になります。データ入力が正しければ、仮に数値の確定を放っておいても問題はありません。
万一、ミスがあった場合、日報、週報、月報、各レベルで各部が明確な責任範囲を決めた上でチェックしておかないと、大きなトラブルに発展してしまうのです。

以上、システム業務の決裁手順を詳しく解説しました。しかし、システムに限らず、この様な曖昧な、無責任な状況が、多く発生しているのです。

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3. 本部と店舗の関係での問題点

1. 店舗への指示系統の問題点

「決裁手順」について店舗と本部との関係を考える時、一番問題になるのは、本部から店舗への”指示・命令系統の複雑さ”です。
指示・命令が複雑であればある程に、「決裁」は曖昧になり、当然「責任」も曖昧になります。 そこで先ずこの問題を解説します。

1)本部から店舗への指示・命令系統の種類
いわゆる「チェーンストア経営」を行っている小売企業では、形の違いはあっても全ての事案を本部が決定し、店舗に指示・命令します。
この様な組織運営を行った結果、本部の全部所から、店舗に対して様々な指示・命令が発令される、複雑な状態になってしまったのです。
しかも、同じ「部」からの指示・命令でも、ポジションの異なる人がそれぞれ勝手に発令する時もある、という状況です。
店舗には、商品部長から、商品課長から、バイヤーから、同じ事案でありながら、ニュアンスの異なる指示・命令が送られて来る、のです。本部内の指示・命令手順と決裁手順が明確になっていないから、こんなデタラメが生じるのです。

2)指示・命令の伝達手段の種類
「系統」の不明瞭さと同時に問題になるのが伝達手段(方法)です。
本部から店舗への指示・命令の伝達手段は次の通りです。

1. 文書(社内便、FAX)
2. 口頭
3. メール

「社内文書規定」が明確になっている企業では、1つ1つの文書について、伝達方法、及び取扱い方法が詳細に規定されています。
指示・命令の内容により、起案者、決裁手順、伝達の形式、店舗での受取り方法、閲覧・掲示方法、復命手順、などが事細かに決められているのです。
しかし、文書規定が曖昧な企業では、伝達手段の選択そのものさえ、各自に任されているのが実情です。
それらの企業では、バイヤーが勝手に作成した「文書」が上司の「決裁印」も無いままに、店舗にFAXされたりします。
本部の幹部及び各バイヤーがそれぞれ勝手気ままに文書や電話、時にメールで指示・命令を送ってくるのですから、店舗はたまったものではありません。

3)受け入れ側の問題点
本部からの指示・命令を受ける店舗側にも多くの問題があります。
本部から来た指示・命令を、店舗として誰が受け取り(窓口)、誰が決裁して、誰が遂行するのか、という手順が決まっていないのです。
社内便で送られて来た文書については、事務担当が開封して、それぞれの文書を、担当と思われる者(実はここが一番問題なのです。事務担当が勝手に判断する事が多いのです)のメールBOXに入れます。
これで何ら問題はない様ですが、「決裁」という面で考えると大問題です。
本部からの文書が、店長、副店長をはじめとする店舗管理職のチェック(決裁)を受けないまま、担当者に渡ってしまう事が問題なのです。
管理職の決裁を経ないで、指示・命令が担当者に伝えられる、と言う事は、その指示・命令に対する「復命」もまた、店舗管理職者の決裁を受けずに、知らない間に行なわれる事になります。 小売企業の現場で、日常的に交わされている会話に、こう言うのがあります。

“そんな事聞いてないよ”
“誰からそんな指示が出たんだ?”
“この事を課長(部長)は知ってるの?”
“この内容は課長が言ってる事と違うよ!”
“私の決裁も受けないで、一体誰がこんな指示を出したんだ!”

これらは皆、指示命令手順、決裁手順が明確になっていないから発生する問題なのです。

2. 店長の決裁権限

店舗に関わる「決裁」の問題で最も重要で、重大な問題は、店長の決裁権限です。
本部各部所の決裁権限が明確になっていないのですから、店長の決裁権限が不明瞭なのは当たり前と言えば当たり前です。
しかし、それにしても、驚く程に何も決まっていない企業が多いのです。

● 店長の上司は誰か
先に解説した通り、店舗には本部の全部所から指示・命令が送られてきます。まるで、「店舗」は、本部の全ての部所の下部組織、の様です。
もちろん、「組織図上」では、「店舗運営部」の「東部エリア」、その中の「第1課」に所属する「練馬店」となります。
したがって組織図上、店長の一番上の上司は、店舗運営部長であり、その下が、東部エリア部長で、直属の上司が第1課長となります。
しかし、実際には、システム部長からも、人事部長からも、開発部長からも、経理部長からも、バイヤーからも、店長に対し直接、指示・命令が出たり、業務依頼があったりするのです。
つまり、組織図上は店長の上司は第1課長なのに、日々の業務を遂行する過程では、本部の全部所が”上司”となってしまうのです。

● 店長の決裁範囲
店長の決裁権限を考える場合、「店舗」の”ポジション”が重要になります。
いわゆる「チェーンストア経営論」では、「店舗」を「本部」の”下”に位置づけています。
「店舗」は独立した存在ではなく、属国、植民地の様なものなのです。
こうした考えに立つ企業では、店長の権限は”無い”に等しいのです。
本部からの指示・命令は、どんな事をしても遂行しなければならない”責任”はあるのに、遂行するのに必要な”権限”はほとんど無い。それがチェーンストア型経営企業の店長の姿です。

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4. バイヤーの日常業務にかかわる「決裁」

この章では、バイヤーの日常業務に関係する「決裁」の実情を解説します。したがって、解説の内容は細かなものになりますが、ご了解下さい。
ベンダー・メーカーの営業マンとして、バイヤーに関わる、こうした細かな事項も十分把握しておく事が重要だと考えています。
すでに、第1回から第8回までのセミナーで解説した事項もありますが、改めて整理します。

1. 公休・有休申請

バイヤーの業務スケジュールについては、第2回セミナーで詳しく解説しています。 バイヤーの公休は、直属上司である課長がシフト表を組み、各課長が持ち寄って商品部全体を調整し、商品部長が最終決裁します。
しかし、実際には、各課長の決裁でスケジュールが決まっているようです。
ついでに、バイヤーの「有休」消化率について、触れておきます。
上場企業と非上場、労働組合の有無、で事情は大きく異なります。
未上場の組合無し、の企業では、病気や慶弔でもなければ有休休暇は取れない、というのが実態です。

2. 出張申請

実質的には、バイヤーの上司である課長が許可すれば、それで決裁される企業が多い様です。しかし、形式上は、商品部長の決裁が必要です。
申請に際し、経理部長宛の「出張旅費事前申請書」が必要な企業もあります。さらに、宿泊出張の場合には、目的、商談相手等を記入した、詳細な申請書を作成させられる企業もあります。

3. 備品等の購入申請

バイヤーが使用する備品は、会社側が用意する「用度品」でほとんどがまかなわれます。 つまり、バイヤー各自が自分の使いたい備品を各自申請して、それを会社が用意する、という事はあまり、発生しません。
もしバイヤーがどうしても自分の業務に、特殊な備品や道具が必要である、となった場合、その備品の購入予算は計上されていません。
どうしても必要だ、となった場合、商品部の予備費から支払う事なります。予備費は、小額なら課長でも決裁できるルールとなっている企業が多い様です。
尚、たとえ商品部長が許可した備品購入でも、経理部の内規上、”待った”がかけられる時があります。
そんな時、購入許可が下りるか否かは、商品部長と経理部長の力関係で決まってしまいます。

4. 直行、直帰申請

バイヤーの行動に関する規定は「企業文化」に大きく左右されます。
放任主義と管理主義、いずれをとるか、企業トップの考え方次第で、バイヤーの行動は大きく左右されます。
この問題は、どちらが良い、とハッキリ言えない問題なので、トップが変わると社内規定が変わってしまう事もあります。
一般には、上司である課長に、事前に申請しておけば許可される、という企業が多い様です。

5. 商談内容の決裁

商談は「社」を代表して、ベンダー・メーカーと接渉し、自社に有利な条件を引き出す業務です。
「社」を代表するとは言っても、バイヤーにはそんな権限はありません。
したがって、商談の内容を上司である課長に報告し、課長、又はその上司である部長から決裁を受ける。これが正しい手順です。
しかし、実際には、商談の席でバイヤーが即断してしまう事例が多いのです。課長もそれを黙認している場合がほとんどです。
権限がないバイヤーが決裁する、しかも上司はそれを黙認する、これが実態です。
こんな状態だから、一度決まった事が後日変更されたり、中止になったりするのです。
「商談結果報告書」の作成、提出をルール化している企業もあります。しかし、内容があまりにも形式化していて、商談の実態が正確に上司に伝わっているとは思えません。
バイヤーという職種は、俗に言う”一匹狼”と認識されています。バイヤー自身も、囲りも。
その意識が問題の原点です。
一方で「組織」の重要性を力説し、「本部制」というヒエラルキーを作り上げておきながら、一方では”個人プレー”を認めてしまう。
これでは、「決裁手順」が明確になる訳はありません。
「決裁手順」の問題は、「組織運営」のあり方、が原点にあるのです。

6. 時間の割り振り

バイヤーの行動スケジュールは第3回のセミナーで解説しました。
多くの企業では、バイヤーに週間行動スケジュールを作成させています。
しかし、その内容は、「月曜日―本社(午前中―会議、午後―会議、チラシ原稿作成)」この程度です。
バイヤーは、どこで仕事をするか(本社、店舗、出張等)については、事前に上司に申請して決裁を受けます。
しかし、仕事の内容については、バイヤーに任されている、と言うより、勝手にやっている、と言う状態です。
出社から退社まで、何をやっていようとバイヤーの勝手、と言う企業が多いのです。
バイヤーは常々、自分の仕事を大変だ、大変だ、と言います。しかし、ほとんど誰からも拘束されず、マイペースでやれるのがバイヤーの仕事です。
自分の行動を自分自身で決裁する事ができるのです。
大変”楽”な仕事なのです。

7. 服装

服装は「決裁手順」とは違いますが、関連するので、解説しておきます。
服装(身だしなみ)については、非常に厳格なルールを設けている企業と、まったく放任の企業まで、対応は180°の開きがあります。
小売企業は、「お客様」と直接に接する業態です。したがって、身だしなみには、非常に気をつかっているはずです。
多くの企業で「服装規定」の様な、社内ルールが設けられています。しかし、その運用はルーズです。
ルールに違反した従業員がいても、厳しく叱責される事はないのです。
服装や髪型の事ですから、その都度、申請して許可を受ける事はムリだとしても、それに準ずる位の厳しさが必要なはずです。
しかし、実態はまったくの放任。各自が勝手に自分の服装を決められるのです。
ある企業を訪問した時、アンダーシャツの代わりに「柄が入ったTシャツ」を着たバイヤーを見ました。白のワイシャツを通してTシャツの柄が透けて見えるのです。

8. 文書スタイルと発信確認

バイヤーに限らず、ビジネスマンは膨大な種類の「文書」を作成します。
企業には「文書規定」があって、何かの文書を作る時は必ず、事前に「文書係」(通常は総務部の誰かが担当します)に申請、又は相談します。
そして、文書が完成すると、上司、又は文書係に提出します。上司は内容を確認の上、押印します。
これは、全ての文書に共通するルールですが、社外に出す文書は特にルールが厳格です。
ところが、バイヤーの文書の取り扱いの実態は、まったく異なります。
多くの企業では、バイヤーはその都度、自分で勝手に考えたフォームの文書を作成し、自分の名前を記しただけの文書を、平気で社外に発信しています。
文書を作成する都度、上司に申請し、決裁を受ける、と言う事がまったく行なわれていない企業が多いのです。
ベンダー・メーカー側にも問題があります。バイヤーの上司である課長の押印が無い文書は、受け取りを拒否するべきなのです。

9. 離席と”お伺い”

小売企業に限らず、事務系のオフィスは”離席”に関してルーズです。工場をはじめとする生産現場では勝手な離席は許されません。
自分が勝手に離席(現場を離れる)したら、その現場全体の業務の流れが止まってしまうからです。
事務系のオフィスでは、それほど深刻な事態は発生しません。しかし、各自が勝手に行動していては、作業効率が悪くなるのは言うまでもありません。
しかし、現状は各自が勝手に離席しています。上司も又、それを黙認しています。
“しつけ”の厳しい企業では、離席する際は必ず上司に”お伺い”を立てます。申請-決裁、と言う程に厳しくする必要はないのですが、何をするにも、お伺いを立てるのがビジネスマンの基本のはずです。
多くの企業では、バイヤーは勝手に行動しています。電話をかけると、「社内にはいると思うんですが…」と返事が返ってくる事がよくあります。
囲りの誰も、そのバイヤーが、どこで何をしているか把握していないのです。
もっとも、最近は、バイヤーが携帯電話を持っているので、離席していても、電話だけは通じる様です。

10. 出処進退

ビジネスマンの出処進退は何も「退職」だけではありません。
現在のポジション(職責)についての出処進退もあります。いわゆる「進退伺」です。
自分の行動、判断が、企業の利益に反する結果を招いた時、組織人は、自らの出処進退を上司に”お伺い”するのです。
自分の事は自分で勝手に決める、と言う訳にはいかないのです。
組織人である以上、自分自身の身の振り方も、上司にお伺いを立てる必要があるのです。
小売企業の場合はどうか。小売は中・小規模の企業が多い事もあり、”人事系”の意識、整備は極めて遅くれています。
個人商店の延長のまま、という企業が多い様です。
そんな企業では、人事系は全て「社長」が一人で決裁しています。会社全体がこんな具合ですから、バイヤーや店長はどんな重大なミスを犯したところで、「進退伺」など書かないのです。 以上、バイヤーの日常業務に関わる決裁問題を10項目解説しました。

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5. オーナー企業の「決裁」問題

小売企業は、オーナー経営者及び二世経営者が多いと言われます。
オーナー経営、二世経営については様々な問題が指摘されていますが、煎じ詰めれば、「決裁」権限の問題です。
今回のセミナーの最後に、オーナー企業の決裁問題を考えてみます。

1. 役員会(取締役会)の決裁権限

規模の大小に関わらず、「法人」には「商法」で定める以上の、又、「定款」に定めた数の取締役が選任されています。
そして、商法の定めにしたがい、毎月必ず「取締役会」が開催されているはずです。(実際は未上場の企業では、開催されていない事が多い様です。又、同族企業では”食事の席が取締役会”などとも言われています)。
この取締役は、合議制で、取締役一人一人が一票の議決権を持っています。
企業運営に関わる全ての事案は、この取締役会で議決、決裁されます。そして、それぞれの事業の担当取締役が、自分の事業範囲は自分の権限で処理していくのです。
ところが、オーナー経営企業では、社長(会長)以外の取締役には、ほとんど権限がありません。 それぞれの部所の担当取締役として、業務に見合った”責任”はあります。しかし、”権限”はほとんどない、というのがオーナー経営企業の取締役です。

2. 二世経営企業

創業オーナーの「ワンマン経営」。
これはこれで良い点もあるのです。創業者には、余人には真似できない”商才”があります。
また、”カリスマ性”も持っています。
したがって、その創業者が一人で何から何まで決裁する事は、決して悪い事ではありません。
責任感に乏しい取締役が集って合議するより、オーナーが一人で決裁した方が、的確な判断、となる事が多いのです。
問題は「二世」です。創業者の子供が取締役になっている場合です。
二世取締役が発言すると、ある一人の取締役の意見ではなくなってしまうのです。
二世の意見をそのまま通す事が、暗然の了解となっているのです。
二世が発言した途端に、そこまで各取締役が熱心に議論してきた内容は、瞬時に全てフッ飛んでしまいます。
息子の意見で決まり、となってしまうのです。
取締役会の議論を最後に社長が決裁する、という本来の手順が無視されてしまうのです。バカ息子(失礼!でも実際バカが多いのです)の発言に、父親(社長)が迎合してしまうのです。
つまり、オーナー経営者と二世が取締役に就いている企業では、事実上、決裁手順は不要、無意味という事です。
したがって、誰も決裁しなくなるのです。副社長、専務取締役と言えども、決裁しなくなります。
自分が決裁したとしても、社長、息子が勝手に変更してしまうからです。
かくして、誰も決裁しない、誰も責任を取らない企業体質になってしまうのです。 ダイエーの問題は、まさにこの問題です。

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まとめ

今回は、今までとまったく異質のテーマを取り上げました。
しかし、この問題は極めて重要です。ベンダー・メーカーの営業マンが相手にしているのは、表面的にはバイヤーです。
しかし、バイヤーは組織の一員です。いくら実力のあるバイヤーでも、自分一人で全ての業務を決裁する事などできません。
しかし、営業マンはバイヤーを窓口として、商談を進めるしかありません。
そこで、相手先企業の「決裁手順」を知る事が重要になるのです。
次に大切なのは、”発言力”のある人は誰かを把握する、という事です。
ある事案に対する「決裁」が決裁手順通り、組織図通りに流れていく、と言う訳でないからです。
決裁手順の流れの中で、必ず誰かが発言力を持って会社としての考えをまとめ、決裁の方向性を決めるのです。
その人は誰か、それが重要になるのです。

どんなに素晴らしい企画提案をまとめても、それを相手先に投げかけ、納得させ、最終的に「決裁」をもらわない事には、何の意味もないのです。
極論すれば、途中の過程は無くても、「決裁」さえもらえればよいのです。
「決裁」を取る、には相手先企業の決裁手順を知り、決裁のイニシアティブを持つ人を知る。これが鉄則です。

次回は本セミナーの最終回です。お楽しみに。

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