10. マネジメントと情報システム

コンピュータ・システムへの疑問

ウィンドウズ95の発売を契機としてスタートしたパソコンの急激な普及も一家に1台から一人に1台、そして2台目、3台目という時代に入ったと言ってよいだろう。
企業でもいよいよバイヤー、店長クラスには一人1台の時代になってきている。自店、自部門の販売データ集計、報告書作成、メールの送受信などいろいろな場面で日常的に欠かせない状況が出来上がりつつある。
筆者がもっぱら麻雀ゲームの合間にワープロとメールに使うぐらいであるから使いこなしの面からも感心してしまう。
しかし、よくよく考えてみると企業はPOSの導入を中心にしてコンピュータ関連には数億円から数百億円もの投資をしてきている。それなのに何故、いまさら社員が自分のパソコンを使ってデータを再加工しなければならないのだろうか。
とても大きな疑問である。
企業が大金を投入して導入したコンピュータ・システムが満足に使えないために各自が使いやすいようにデータを再加工しているというのではあまりにも淋しい。

コンピュータが得意とする仕事

コンピュータをうまく使いこなすためにはコンピュータが本来得意とする仕事のタイプを知っておく必要がある。
コンピュータが得意とする仕事は大きく分けて次の2つと考えられる。

1. 伝票の集計のように大量に発生する処理を繰り返し行う。
2. 一度入力したデータをさまざまな形に加工して出力する。 例えば、EOSで入力した発注データを加工して送り状、納品伝票、発注控えなどの形に変えて出力する。

最近ではさらに

3. 通信機能 メール、インターネット、オークション、ブログ、アフィリエイト、...
4. データベース/検索
5. オーディオ/ビジュアル

など本来的なパソコン機能からネットワーク端末としての機能へ急速な広がりを見せている。業務の中で実際に定着しだしているのは3、4を中心にして企業内LAN(Local Area Network )、Eメールなどである。
これらをもう少し良く見てみると

・機械が定型的な処理を行うこと ・機械間をネットワーク化するような形をつくること

についてはある程度でき上がっているが、それらを用いてマネジメントに活かすということにまでは行き着いていない。
コンピュータは歴史的に見ても伝票処理のような大量に発生する事務処理の機械化=事務の効率化を目的として普及してきている。
したがって、事務処理の機械化には充分対応しているが、もう一つの目的(今ではこちらの目的に対する期待の方が大きいが....)であるさまざまな意思決定へのサポート(マネジメント・サポート)という点では今一つ不明確である。

オペレーション用のコンピュータ・システムとマネジメント用のコンピュータ・システム

コンピュータにはその目的からオペレーション用のシステムとマネジメント用のシステムがある、と筆者は考えている。
オペレーション用のシステムはEOSに代表されるようなシステムであり、発注データを用いることで一度にさまざまな事務の効率化を実現している。
発注データは一度本部へ集められ、そこで取引先別に分類されて各取引先に送られる。 取引先では発注データをもとに送り状、納品伝票と同時に物流センターでピッキング・リストを発行する。
ピッキング・リストに基いて各店別に揃えられた商品は送り状、納品伝票とともに各店へ配送される。
それまでは各店の発注を発注伝票やFAXで処理していたのであるから取引先の手に渡るまでにメール便を使ったり、発注伝票を本部まで人が取りに行っていたりとずいぶんと手間がかかっていたものである。
発注伝票やFAXはあくまでも紙情報であるから、それらを見て送り状や納品伝票を人が一枚、一枚書くという膨大な作業が毎日のように発生していたことになる。
その作業をコンピュータが行うようになったことで発注情報を受けてから出荷、納品までの時間(リード・タイム)が大きく短縮されている。
これがオペレーション用のシステムを用いた事務改善の典型的な例である。
一方、POSの導入以来、コンピュータ・システムに対して期待が大きいのがマネジメント用のシステムとしての機能である。
売れ筋発見、死に筋発見などいろいろと言われているが要するに商品の拡縮、改廃や商品開発、作業効率アップなど従来の売場業務や商品部の業務に役立つような情報の提供をPOSシステムに期待しているのである。
言い換えると、売場の商品販売情報を出口で全て押さえているのがPOSシステムであるから、その情報を売場運営のさまざまな意思決定にうまく活用しようというのである。
しかし、残念ながらこの狙いはあまりうまくいっているとは言えない。
EOSでも過去数週間の発注状況がフィードバックされ、次の発注に活かせるのであれば充分マネジメント用のシステムとしての機能は果たす。
また、その日の発注金額がその場で集計され、売上、在庫との関係から発注の過不足が指摘される(OTB;Open To Buy)ようになれば立派なマネジメント用のシステムと言えるだろう。
POSシステムの場合、商品の曜日/時間帯別の売上推移が分かれば作業スケジュールに活かせるし、過去数週間の売上構成比推移が分かれば売場の拡縮、フェイスの拡縮などに活かすことができる。
このようにコンピュータにはオペレーション用のシステムとマネジメント用のシステムがあると考えられる。しかし、残念なことにマネジメント用のシステムは大きな期待があるにもかかわらず、大変遅れてしまっている。
その理由として考えられるのは次の2つである。

1. コンピュータは歴史的にも事務の効率化を目的としたオペレーション用のシステムとして普及してきた。現在ある多くのシステムもオペレーション用の設計思想のもとにつくられており、オペレーション用の情報、データの持ち方、プログラムになっている。 EOSやPOSシステムもオペレーション用の設計思想によって成り立っていることはJANコードを見れば明らかである。
2. マネジメント・サポートとしてはどのような目的に対し、どのような情報を提供すれば良いのか、ということがとても重要である。しかし、このもっとも重要な部分が曖昧なためになんでもできる一般的、かつ汎用性のあるシステムを設計してしまう傾向にある。したがって、さまざまなデータの組み合わせを机上で考え、出力できるようにするが実際に実務の場面で使えるものがない。実務におけるノウハウがないとこのようなデータの設定は困難である。基本はいつも「手でできる仕組をつくってから機械化」である。

■マネジメント用のコンピュータ・システムチェック・リスト

図表(画像をクリックで拡大表示)はコンピュータ・システムがマネジメント用のシステムになっているか、どうかを判定するためのチェック・リストである。

1. 基本は「売場の状況はさまざまな数値のバランスである」という点にある。 特に、売上、在庫、仕入れ、荒利率(値入率、値下率)の関係は一番の基本であり、これらの数値がバランス良く運営されているかどうかが売り場の状況を決定するといっても過言ではない。 したがって、マネジメント用のシステムとして使えるかどうかの第一は図表に挙げた数値が比較できるような帳票になっているかどうかである。 項目としてあってもいくつもの帳票に別れているのでは駄目である。 バランスを見るのであるから同一帳票で一覧できること(visibility)が重要なのである。

2. 次にデータの期間と出力までに要する時間(リードタイム)である。 マネジメント用のデータは業務の進捗管理に用いるものである。したがって、業務のサイクルに合わせて少なくとも週単位(サマリー;速報)で出力することが必要である。 もし、月単位でしか出力できないのであれば、途中で進捗状況に応じた修正をすることはできない。 在庫が増えかけていても、逆に減りつづけていても月中では全く分からないことになる。それではせっかく出力されるデータも価値が半減する。 リード・タイムについても全く同様である。週単位で考えるとデータを見てから修正するためにはどんなに遅くても日曜までの数値が水曜の午前中には出力されている必要があるだろう。 必ずしも確定である必要はなく、サマリー(速報)で充分である。重要なのは売り場のバランスが崩れそうだということが早めに分かることであり、手後れになる前にそれが分かり、手が打てることである。

3. 3つ目は単位である。 「コンピュータ・システムのレベルがマネジメントのレベルを決める」というのが筆者の持論である。どの単位でマネジメントをしようとするのかということはコンピュータ・システムの設計上とても重要なことである。 例えば、デパートメントの数値を中心にコントロールしようとすればライン、もしくはクラスの数値を掴んでおく必要がある。ある単位をコントロールするためには必ずその下の単位を押さえておく必要がある。

売上、在庫、仕入れ、荒利率という4つの数値に限定したとしても週単位で、しかもライン、クラスまでの単位のデータを翌週の早い時期に出力できる企業がどれだけあるだろうか。 図表の中に①から③までの条件に合うようにして記入をしていったらどの単位まで丸印がつくであろうか。
自社のコンピュータ出力帳票の中から週単位(しかも翌週の前半には出力できる)で出力できる項目を確認して該当する個所に丸印をつけてみると自社のコンピュータ・システムがマネジメント用になっているかどうかを確認することができる。
コンピュータ・システムについてはコンピュータのことが分からない現場と現場が分からないメーカーやソフト・ウェア・ハウスによってつくられてきたという歴史がある。
また、事務の機械化、効率化という非常に具体的な目的からスタートしている。
コンピュータ・システムはその投資の大きさからも次のステップ=マネジメント・サポートという期待が膨らんでいるが、まだ先は長く困難なものであろう。
まずは、何よりもマネジメントとしての「手でできる仕組」をつくることが最優先である。
なんでもたくさんの数値が出力できれば良いのではなく、少なくても的を射た本当に必要な数値(の組合わせ)がタイムリーに出力されることが大切なのである。そして何よりも実務で使えることが重要である。

ストック(データを溜め込む)の時代からフロー(情報として使いこなす)の時代に変わったということを改めて認識し、今一度コンピュータ・システムについて見直してみる必要があるのではないだろうか。

(1998年2月)※2006年9月改訂