9. チェーン・マネジメント・システム

1. ホメオスタシス;Homeostasisから学ぶ

中学生の時か高校生の時か忘れてしまったが、ホメオスタシス(生体維持機能)というものを習ったことがある。 我々人間の身体はとてもよくできており運動をしたり、暑い日などにはよく汗をかく。
「暑ければ汗をかく」と言うのはごく当たり前のことであるが、これは発汗作用と言って、汗をかくことにより体表から気化熱を奪い、体温が一定以上に上がらないように自動的に調整しているのである。
汗などかかない方が良いと思っても必要に応じて自然と汗は出てくるし、また出てこなければ体温が上がりすぎて身体に異状をきたす。
これがホメオスタシス(生体維持機能)である。
この他にも、出血すれば、自然と血液は凝固して血を止め、それはカサ蓋となって傷が治るまで傷口の保護をする。
また、雑菌が対内に侵入すれば白血球が退治するし、病原菌に対しては抗体を作ることで抵抗力を持つようになる。
生命体はさまざまな変化に対し、常に元の状態に戻す、或いは、再びそのようなことが起こらないように予防するという仕組を持っている。
このことがとても印象的でいつまでも忘れられないでいた。
そのうち講談社のブルーバックスの中に「ホメオスタシスの謎;加藤勝著」という本を見つけ、いろいろなことを詳しく知ることができた。

1. ホメオスタシスは「恒常性の維持」と呼ばれ、基準から乖離した状態にあるものが元の状態に回帰する様子を言う。生理的レベルだけではなく、個体、及び、集団による社会現象、生態系にまで及んでいる。
2. すでに19世紀の中頃(1865年)にフランスの生理学者クロード・ベルナールは生体内部における「調節の仕組」の存在を「恒常性の維持」と呼んでいた。
3. アメリカの生理学者ウォルター・キャノンがこのような現象に対して「ホメオスタシス」という言葉を用いた。(1932年)

..............などなど、である。

「昔の人はすごかった」とただただ感心するばかりであるが、それ以上に生命のもつ神秘、もの凄さということを強烈に再認識させられたものである。
とにかく凄い。自然界のあらゆるレベルでこのような維持、予防という仕組が備わっているということは我々人間のレベルをはるかに超える偉大な存在を感じさせる。
ホメオスタシスという仕組が我々人間を含む生命体に自然のうちに備わっているのであるから、「人間が社会の中で創りだすさまざまな仕組、システムにもこのような仕組を組み込むことはできないだろうか」と考えるのは筆者だけではないだろう。 職業柄かもしれないが、いつも現実に戻って考えるのは、自然界にあるこのような仕組、システムが経営に応用できたら、とてもすばらしいものができるはずだ、ということである。
そのくらい自然界にある仕組は我々人間がやっていることを超越している。
講談社とは特になんの関わりも無いが興味のある方はぜひご一読をお勧めする。
経営学とは全く違った発想、アイデアがそこにはあるし、自然界にある完成度の高いシステムは我々にさまざまなヒントを与えてくれる。
コンピュータも人間の脳の研究が活かされているし、工業用のロボットにも人間の動きの研究が活かされている。
基準からの逸脱に対する自動修正の仕組、さらに予防まで機能アップするシステムは企業経営のあらゆるレベルで参考になるはずである。
まさにホメオスタシス経営とも言える理想的な経営システムがイメージされる。
そこで、いま一度小売業の現実に目を戻してみるとチェーン・オペレーション・システムの実態が実にお粗末なのである。
全店全く同じにするのがチェーン・ストアとして画一化したり、それができなければ支店経営にしてしまう。
「ローコスト」と言うとオイル・ショック時に省エネと称して蛍光管をはずしたのと同様に簡単に人を売場からはずしてしまう。
それらもホメオスタシスのように、いずれは何処かへ収束していくのかもしれないが、自然界の揺らぎとは質の異なるものであり、振幅の幅、収束するまでの時間を考えるとどうも黙って見ていられる心境にはなれない。

2.モジュールを用いる

■モジュール化

人間が作り出す抗体の種類はおよそ100万種類にものぼると言われている。 しかし、初めから100万もの種類が有るのではなく、数少ない基本的な形を組み合わせることによって100万もの種類になるのだと言う。
まさに自然界にある「モジュール」である。
モジュールは、子供のブロック玩具を思い出してもらえば分かりやすい。
突起が1つ、2つ、4つ、6つ、8つ、...というように1つ1つのブロックが標準化されており、それらを組合わせることで家、自動車、飛行機、船、ロボットなどさまざまなものを作ることができる。
100万種類にも上る抗体もこのような基本型の組合わせによって作られているということを知ると自然界の仕組が実に合理的、かつ効率的な仕組であることに感心してしまう。
我々は100万種類の抗体と言うと、何かとてつもなく大きな数字のように思ってしまうが、それが基本型の組合わせの結果としての数字であればそれほど難しいことではない。
例えば、商品の投入パターンの例を考えると次のようになる。
6種類の商品についてそれぞれ10パターンの投入パターンを設定する。
この場合、投入パターンの最終的な組み合わせの数は10の6乗であり、 10×10×10×10×10×10=100万通りということになる。(図表-1)

 

もしもこれを1つ、1つ作り上げて100万種類にすることを考えると恐ろしいほどの数のアイデアと気の遠くなるような時間を必要とすることだろう。
しかし、これを基本型の組合わせとすることでいとも簡単に100万種類の組合わせを作り上げることが可能となる。 このように結果を標準化するのではなく、組合わせの基となる個々の要素を標準化することにより、数多くの組み合わせを合理的、かつ効率的に実現するのがモジュール化のメリットである。
モジュール化によって基本型とする要素のバリエーションがひじょうに単純、かつ極端に少ない数で済ませることが可能になる。
事例で示した商品の投入パターンでは6×10=60の要素で100万通りの組合わせを実現していることからみても明らかである。
コンピュータを用いたデータ管理などでも元になる基本パターンが少ないために記憶容量が少なくてすみ、また、基本型とする要素のメンテナンスも容易になる。
このように全てを結果の部分で処理をするのではなく、組合わせの元になる要素の部分で捉えることでどんなに多くのデータでも合理的、かつ効率的な運用が可能になる。
チェーン・ストアにおいて全店のマネジメントがうまくいかない理由の多くは、全店が違うという結果の部分からスタートして全体を複雑に捉えているからである。
これらを構成する要素に分け、各要素のパターンの組合わせとして捉えることで全体を単純に構成することができるし、共通するパターンの組合わせとして捉えることができる。
筆者は「モジュール化」が21世紀のチェーン・ストアにとってWindowsに相当するOS(Operating System)になると考えている。
パソコンの世界がWindows95をきっかけとして全く違った次元へ移行していったのと同じようにチェーン・ストアもモジュール化によって全く新しい次元へ移行することができると考えている。チェーン・ストアにとって、数多くある自社店舗の1つ1つが違っていることに対し、どう対処するべきかが長年の課題であった。
店舗面積、駐車台数、売上規模・効率、客層、地域性、競争状況などさまざまな要素が異なる数多くの店舗を統一的にマネジメントし、オペレーションできる考え方、方法を長年にわたる試行錯誤の中で探しつづけていたはずである。 モジュール化は、必ずこれらの要望に答えを出していくはずである。
例えば、100店舗からなるチェーン・ストアがさまざまな立地に点在していたとする。
従来であれば、どんな立地であろうが、どんな状況であろうが全く同じ店舗に統一することが標準化ととらえていたはずである。
店舗の作り、レイアウト、品揃え、オペレーション、.....etc.全てである。
当然、店舗の状況の違いによるブレが生じるので人によって修正することになる。システム化できない部分である。 そこで思い通りにいかないので機械的に画一化をはかったり、各店ごとに任せることでチェーンとしての統一的なマネジメントを放棄してしまっていた。
それが、モジュールと言う概念・方法を得ることで店舗の状況に合わせて都市型タイプ、郊外型タイプ、競合のあるタイプ、競合の無いタイプ、地域特性の強いタイプなどと言うように基本的には標準化した状態でありながら各店舗の状況に応じて対応することが可能になる。
標準化したままの状態で100店舗全部を全く違った品揃えにすることも可能である。 従来の発想であれば画一化か個店対応と言う二者択一の状況をこのように数多くの組み合せの中からの選択できるよう修正することができる。
これがモジュール化を「21世紀のOS」と呼ぶ理由である。
従来の「チェーン・オペレーション」を「チェーン・マネジメント」に変えるための柱としてモジュール化は重要な役割を果たすはずである。

インフラ整備によりチェーン・マネジメント・システムへ

次にチェーン・マネジメント・システムに必要となるのがインフラ整備のための理論とノウハウである。 筆者がインフラとして考えているのは次の5つである。

1. マネジメント・システム;経営の根幹を成すシステムであり、戦略的な経営の構築とPlan‐Do‐Seeによる水準の維持、必要に応じたレベルアップを実現する。まさに企業におけるホメオスタシスとも言えるシステムである。
2. 情報システム;情報システムの目的は3つである。1つ目はインターネットをベースとした高度かつ高速な情報の収集・伝達・活用による業務の高度化、効率化であり、従来の閉鎖系コンピュータ・システムとは本質的に異なる機能(通信をベースとした開放系ネットワークシステム)の活用である。2つ目はマネジメント・システムに対するサポート・システムとして各レベルにおける意思決定をサポートするものであり、概念ばかり先行していて実現するためのインフラ整備が遅れているソフトメリットである。3つ目がオペレーションの合理化、効率化であり、コンピュータ・システムにおけるもっともベーシックなハードメリットとも言えるものである。
3. マーチャンダイジング・システム;経営のベースになる商品に関する全てをカバーするシステムである。企業としての強さ、競争力の中で重要な位置を占める。
4. オペレーション・システム;実行レベルでの確実性、合理性を実現するためのシステムであり、上記の各システムの実現を左右するという意味ではとても重要なシステムである。
5. 人材育成/キャリア・ディベロップメント/評価システム;人に関するシステムである。

特に業務を通したキャリア・ディベロップメントと適正な評価システムは人材育成の柱となるだけではなく、上記、全てのシステムに対して実現のレベル、精度を左右する重要なものである。
以上のような5つの要素は企業におけるインフラとして位置づけられるものであり、言うまでもなく、とても重要なものである。
21世紀は弱者と強者の2極化の時代になる。
ネット・ワーク化が進む中で特徴的なアイデア、理論、ノウハウ、技術などを持つ企業はお互いに自分たちの強み/弱みを識別し、従来の枠組みを超えて連携する。
その中には海外資本、商社、メーカー、卸、ソフトウェア・ハウス、コンサルティング・ファームなどさまざまな業種・業態が参加するであろうし、企業の歴史や規模を超えて多くのベンチャー企業や個人が参加する。
ただし、ギブ・アンド・テイクが前提であり、何も持たない、魅力の無い企業はこれらのネット・ワークに加わることはできない。
したがって、確実に弱者と強者の2極化が進む。
このような時代背景が、インフラ整備の重要性を増し、チェーン・マネジメント・システムの確立を最重要課題とする。
チェーン・ストアの中にもホメオスタシスのような仕組を創りあげなければならない時代である。

図表2

マネジメント・システム 経営の根幹を成すシステムであり、戦略的な経営の構築とPlan‐Do‐Seeによる水準の維持、必要に応じたレベルアップを実現する。まさに企業におけるホメオスタシスとも言えるシステムである。
情報システム 情報システムの目的は3つである。1つ目はインターネットをベースとした高度かつ高速な情報の収集・伝達・活用による業務の高度化、効率化であり、従来の閉鎖系コンピュータ・システムとは本質的に異なる機能(通信をベースとした開放系ネットワークシステム)の活用である。2つ目はマネジメント・システムに対するサポート・システムとして各レベルにおける意思決定をサポートするものであり、概念ばかり先行していて実現するためのインフラ整備が遅れているソフトメリットである。3つ目がオペレーションの合理化、効率化であり、コンピュータ・システムにおけるもっともベーシックなハードメリットとも言えるものである。
マーチャンダイジング・システム 経営のベースになる商品に関する全てをカバーするシステムである。企業としての強さ、競争力の中で重要な位置を占める。
オペレーション・システム 実行レベルでの確実性、合理性を実現するためのシステムであり、上記の各システムの実現を左右するという意味ではとても重要なシステムである。
人材育成/キャリア・ディベロップメント/評価システム 人に関するシステムである。特に業務を通したキャリア・ディベロップメントと適正な評価システムは人材育成の柱となるだけではなく、上記、全てのシステムに対して実現のレベル、精度を左右する重要なものである。

(1998年1月)